2019.11.22
ご卒業&ご就業~最後の1期生
— あぁ、とうとう…。
その報告がされたとき、その場にいたメンバーたちは一同にそう思ったことでしょう。
ある日の終礼時、「報告があります」と、ちょっと気恥ずかしそうにおずおずと前に出られたのは、たんぽぽさんでした。
— 内定をいただきました。12月からの勤務で、今月いっぱいで卒業します。
来て欲しかったような、欲しくなかったような瞬間。でも、みんながずっと静かに待ち望んでいた報告。最後の1期生、たんぽぽさん、とうとうご卒業です。
2017年4月にJOTサポート神戸は開所したのですが、たんぽぽさんは、「1期生」と呼ばれる、その頃に入所された初期メンバーのひとりです。
非常に高い求心力をお持ちのたんぽぽさん。自ら前に出てぐいぐい人を引っぱっていくタイプではないのですが、メンバーたちはみんな、たんぽぽさんを精神的なリーダーとして見ている向きがありました。
『ちょうど10年です…』
たんぽぽさんは、いつものちょっとはにかむような柔らかい笑顔で話してくださいました。
学生時代にご自身の障害特性がわかり、それからちょうど10年。文字どおり、“山あり谷あり” だったことでしょう。『もう死んでしまおう』とまで思い詰めてしまわれた時期もあったそうです。
『約8年間はドブに捨てたようなものですよ』
などと、冗談めかしておっしゃるたんぽぽさんですが(残りの2年は、おそらくはJOTで過ごされた期間なのでしょう)、この10年はたんぽぽさんの誇らしい戦歴であると言ってもいいでしょう。
誰よりも真摯にご自身の特性と向き合われてこられたたんぽぽさん。
他のメンバーにも参考になるかも、と事業所に持ってきて下さっていた、発達障害にまつわる数々の書籍には付箋がいっぱい貼られていて、ページを開くと下線やメモがびっしりと書き込まれています。そして、自分ひとりだけで完結せず、同じ問題を抱える他のメンバーたちとも知識や情報を共有しようという気持ちが常におありでした。たんぽぽさんが毎月主宰されていたDDフリートーク(※DD = Developmental Disorders の略。発達障害を抱えるメンバーたち同士の情報交換の場でした)は、まさにその表れでした。
たんぽぽさんのご卒業で、JOT創設時の2017年入所者は全員巣立っていったことになります。今ではもう、初期の顔ぶれを知らない新しいメンバーたちも増え、JOTの雰囲気は次第に変化しつつあります。
『また違う新鮮な空気が入ってきて良いですね』
そうおっしゃるのは、他でもないたんぽぽさんです。内心いささかの寂しさが胸をよぎるのを感じつつ同意すると、たんぽぽさんはいつもの笑顔を浮かべていらっしゃいました。— 稚気(ちき)と含羞(がんしゅう)。思わず、そのような言葉が脳裏にひらめきました。ときどき頑固さを感じさせる、一見武骨とも言える造作の中に、たんぽぽさんは何とも言えない幼さとシャイさを漂わせる瞬間があります。物静かで思慮深い面持ちのたんぽぽさんが、ふいにお見せになる愛らしい一面です。
12月から勤務を開始されるたんぽぽさん。今はご就業に向けての手続きや調整で忙しくされているのですが、それと並行して、月末に予定されているご自身の卒業式の企画をスタッフたちと練っていらっしゃいます。そのような最後の期間の過ごし方は実にたんぽぽさんらしく、微笑ましくすらあります。他のメンバーたちからも、色々な案がスタッフに寄せられているようで、これもまた、たんぽぽさんの人望の厚さを感じさせられます。
たんぽぽさんの卒業式は、今月の最後に予定されています。そして、今回は異例の事ではあるのですが、時間の制約やメンバーたちの精神的な負担についても考慮した結果、他のプログラムは行わないことになりました。きっと、素晴らしい時間になることでしょう。