2019.12.26

外出プログラム ~ 兵庫県立美術館へ行ってきました 3

らく

※前回までの記事はこちら※
外出プログラム ~ 兵庫県立美術館へ行ってきました
外出プログラム ~ 兵庫県立美術館へ行ってきました 2

7月の外出プログラムの記事で随分と引っぱりますが、今回が最後の記事になります。
今回は、4つあった設問の内、Q3とQ4についてお送りいたします。

『Q3.この絵を見ると、誰か、あるいは何かを思い出す。そのような作品はありましたか?』
『Q4.この絵、部屋に飾りたい!そのような作品はありましたか?』

この絵、誰かに似てるかも…?誰かを思い出す。○○さんのイメージかも? または、何かを思い出す。昔見た景色みたい…。三番目の設問は、そのようにイメージを喚起させられる作品があったか?というものでした。これもまた興味深い回答が寄せられました。

前回お送りした、Q1、Q2では他の追随を許さなかったシャガールとジョルジュ・ブラックの両名でしたが、今回はなりをひそめています。では、今回の設問では、どのような結果となったのでしょう?

今回は、印象派では特によく知られたルノワール、それから日本では人気の高いマリー・ローランサンの両名が回答の上位を占めています。マリー・ローランサンは、名前を聞いてぴんと来なくても、絵をご覧になれば「あぁ!」と思われる方も多いことでしょう。

また、この回答を作品別で見てみると、両名の作品がすべて人物画であることも特徴的です。やはり、作品を見て、自分自身の記憶と照らし合わせているところがあるのでしょう。圧倒的に、抽象画よりも人物画や風景画が回答に挙がっているのが興味深く感じられました。
メンバーたちの様々な面白い “連想” が寄せられましたので、ご紹介いたしましょう。

「神戸まつりのサンバを思い出しました」『踊り子たち(ピンクと緑)』ドガ
「宝塚歌劇団を思い出しました」『羽扇を持つ女』マリー・ローランサン
「現代の女性政治家っぽい」『羽扇を持つ女』マリー・ローランサン
「普段から愛犬を膝にのせているので、自分自身を見ているみたい」『庭で犬を膝にのせ読書をする少女』ルノワール
「羊飼いの表情が今の疲れきった現代人の表情を表しているように思えました。今も昔も仕事は大変なんだと」『群れを連れ帰る羊飼い』ミレー

そして、最後になりましたが、Q4の回答結果は以下のとおりとなりました。

Q4の設問は、部屋に飾りたいと思うような作品はあったか?」でした。きっとみんな自分の気に入った作品を選ぶ事だろう、つまり、Q1の「好きな作品はありましたか?」の回答と同じような結果になるのではないか…?と思っていました。

Q1では、シャガールが他の作家たちを大きく引き離して1位に挙がっていましたが、なんと、「部屋に飾りたいか?」となると、「作品全般」という意見は出ているものの、たったの1票です。強烈に気持ちを惹きつけられる作品と、自分が生活する日常の空間で一緒に過ごしたい作品というのは、また別のもののようで、たいへん興味深い結果となりました。

ここで集計結果をよく見てみると、シャガールと同じように「作品全般」で1票を獲得している作家がいます。アルフレッド・シスレーです。さらに、このシスレーは、作家別で見てみると堂々の1位にランクインしています。それに続いて、印象派と言えばすぐに名前が挙がる作家のひとり、モネが2位に入っています。

作品別で見ると、Q1のときと同じように、特定の作品に票が集まることはなく、メンバーたちの好みは分かれたようです。

「色づかい(空と川)がキレイで持って帰りたい」『モレのロワン川、洗濯船』シスレー
「空と道や木の対比がおもしろく、リビングに飾れば晴れやかな空気になりそう」『マントからショワジ=ル=ロワへの道』シスレー
「ここからの眺めが本当に良かったんだろうなと感じさせる。お花畑もとても綺麗」『ヴェトゥイユ、サン=マルタン島からの眺め』モネ
「レストランに飾ってそう。自宅でレストランを再現したい」『モンマルトルのミュレ通り』ユトリロ

名前の挙がった作品群を見てみると、なるほど、というところでしょうか、全体的に柔らかいタッチや色彩の作品が多く選ばれているように思われます。

今回訪れた、『印象派からその先へ』。28名もの作家たちによる作品数は72点にのぼり、大変見応えのある内容でした。そして、それらの作品を観たメンバーたちの感想も実に様々で、それぞれの感性や個性の違いを強く感じさせられました。

この印象派という大きな絵画の流れは、かつてのアカデミズムに傾いていた絵画に対する反発から生まれたと聞きます。現実に見たままを写実的に書き写すのではなく、その風景を目にした時の感覚や印象、一瞬の光の移ろいまでも表現しようという試みでした。この一連のムーブメントは、「ものの見方を変える」試みであったように思われます。

現代ではパソコンやスマートフォンなどで簡単に行われる画像処理。色彩の明度やコントラストの変更などを自在に行うことができ、私たちもそれを至極当然のこととして、それらの機能を使用しています。ですが、そのような機器の無かった時代、作家たちは自らの眼や手でその作業を試みたのではないでしょうか。さらに時代が進むと、キュビズムという流れも登場します。これは現代の機器に置き換えるのであれば、3D-CADの技術に相当するでしょうか。

現代の私たちが、当たり前のものとして享受しているこれらの「視点」。これは昔の作家たちが試行錯誤してきた成果なのでしょう。彼らもはじめは「異端」として批判にさらされてきたそうです。それが時間の経過とともに認知され、今では多様なものの見方のひとつとして受け入れられています。この新しい視点は多様性を生み出し、そしてその多様性はさらに豊かさへと繋がってゆくのでしょう。

多様性、という言葉を考えるとき、就労移行支援に通う私たちは、どうしても自分たちの抱える障害特性と、社会との関わり方について考えずにはいられません。軽度知的障害を抱える人、うつ病に苦しむ人、発達障害に悩む人。さらに、同じ診断名が下されていても、表れる障害特性はそれぞれにまったく違います。自分たちの課題とどのようにして向き合っていくのか。そして、社会とどのようにして関わっていくのか。このような取り組みを行う日々の中、メンバー同士だけでなく、スタッフの方々との関係も含めて、本当に毎日いろいろなことが起こります。気持ちの行き違いが生じることもあります。気持ちが通い合ったり、許し許されたりするようなこともあります。辛くなってしまうこともありますが、これこそが、私たちにとっての実践的な「学習」なのです。

考え方の異なる人間が複数集まれば、場合によっては反目・争いに繋がってゆくこともあるでしょう。しかし、そこで議論が生まれます。話し合うことによって、意見の交換がなされ、新しい視点を獲得することができるでしょう。これが多様性のもたらす豊かさです。

私たちは、この凝縮された空間でいろいろな経験をして、互いに成長し合い、やがては社会に出てゆくことになるでしょう。そして、小さい存在ながらも、自分が社会に参加することで、多様性のグラデーションをまたひとつ増やすことになるのであれば、その時こそ、私たちは自分をずっと苦しめてきた障害特性を、肯定的に受け入れることができるようになる気がします。

メンバーたちの様々な感想を見ながら、「あぁ、○○さんらしいなぁ」と微笑ましく思いつつ、ついそのようなことにまで想いを馳せてしまいました。心にいい刺激を与えてくれる、とても有意義な外出プログラムでした。

※絵画のリンク元は、すべて公益財団法人 吉野石膏美術振興財団(吉野石膏コレクション)です(一部メンテナンス中のようです)。

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