皆様初めまして6月に入所した“灯火”と申します。
本日は私がJOTに入所した経緯をお話しさせてください。
私は天真爛漫な高校2年生でした。生徒会役員や和太鼓部に所属し、放送部では全国大会を目指して青春を楽しんでいました。
17歳になってすぐの11月5日の朝。
突然私はベッドから体を起こすことができなくなったのです。起立性低血圧でした。
全日制の高校に満足に通うこともできなくなり、やむなく通信制高校に転校。満足に動かない体が心までも蝕み、正気を失い、発狂を繰り返す身になりました。
とても悲しい悲劇ですね。
私はこのまま一生、引きこもりの寝たきりで人生を終えるのでしょうか。
ところが残念!!私、心底諦めが悪かった!!
自分で自分を養いたい!元気になって働きたい!そんな私に母が教えてくれたのがJOTです。
「最近問題が多い就労移行支援事業所だけどここだけは、ここならいいんじゃないかという場所があるから行ってみてほしい」
と。
母がそんなにおすすめするなんて、いったいどんなところだろう。
疑問と期待を胸にJOTの門を叩きます。
するとまぁなんて明るい!物理的にも大きな窓で明るかったですが、ドアを開けた途端こんにちは!と皆さんの声が飛んできました。プログラム中(授業中のようなイメージを持っていただければ大丈夫です。)であったにもかかわらずです。これから長い付き合いになる清水施設長からはプログラム中だったので挨拶が中途半端になり申し訳ないですと言われましたがあれが中途半端ってマジかと思いました。
見学後すぐに申し込んだ体験の場で「ここの子にしてください!」と頭を下げてお願いしました。清水さんも訓練生も私を温かく迎えてくれました。
私の病名は書き連ねようとすれば正直埒が明きません。
健康であろうと、障害や特性があろうと、人生には幾度となく問題が立ちふさがり、私たちを阻みます。
『夜と霧』の著者として有名な精神科医、ビクトール・E・フランクルはこう言いました。
“人間に残される最後の自由は、自分の態度を選択することだ。”
たとえどれだけ自由が奪われようと、苦難への向き合い方を選ぶ権利だけは決して奪われないのです。
周りに迷惑をかけないために国や誰かを頼ることも、自身の障害に立ち向かい改善しようと努力することも、すべてに絶望し投げ出してしまうことも。
選択の権利は私たちの手の中にあるのです。
数多ある選択肢の中で私は、「私の苦難は私だけのものだ」と受容し愛することを選びました。
最初からこんな綺麗事を選べたわけではありません。JOTで様々な仲間と出会い、助けられ、安心して自分自身と向き合える場所に身を置けたからこそ。私の過去も、病も、障害も、特性も、全部全部私だけのものだと温かく抱きしめることができたのです。
きっと私にとってJOTは夢への路を照らす灯火となってくれることでしょう。
私のJOTでの目標は自分で自分自身を養える、立派な社会人になることです。それがかなった暁には、卒業生として、筆を執りに来ます。
このブログを最後まで読んでくださったあなたにも、あなただけの苦難への向き合い方が見つかることを願って。
(20代・女性)
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